西神教会の夢を語ろう 2013年9月16日 於しあわせの村

開会礼拝説教「目標を目指してひたすら走る」牧野信成牧師 フィリピ 3:12〜14

 まもなく私たちは、教会設立の願書を中会に提出しまして、11月の終わりにはいよいよ独立を果たそうという所まで参りました。手続き上の備えは今度の板宿教会の臨時総会で最後となりますが、ここまで導いてくださった聖霊の支えに感謝しています。西神ニュータウンで開拓伝道が開始されて以来、西神教会の設立は西神伝道所の目標でしたが、それを目前に控えた今の私たちにとって、かつてのゴールは新たなスタートへの召しとなっています。私たちは、これから、板宿教会の後ろ盾を離れて、一つの教会を主から委ねられて新たな目標に向かいます。具体的な将来の目標は、これから話し合って見定めることができるだろうと思います。今日は、そういう将来の夢を語り会うことがテーマですから、終わりの全体会では様々な意見が聞けるのではないかと楽しみにしています。私の経験では、かつて母教会で中期的な目標を具体的に掲げて教会活動に方向性を与えるということをしたことがあります。例えば、新会堂の建築、100人教会の達成、伝道所の設立などです。私たちには私たちの身の丈にあった、つまり賜物に応じた具体的な目標を掲げることができるのではないかと思いますが、これはまた後のお話としまして、いま心に留めておきたいことは、キリスト教会には初めから遠い目標が定められている、ということです。そして、その目標が指し示す未来を教会は忘れてしまうわけにはいきません。なぜなら、それは私たちの目標であるより先に、神がキリストによってお定めになった、地上に教会を建てたことの目的であるからです。目先の将来に囚われて、終末に完成する神の国を遠くに見つめる視点を、私たちは忘れてしまわないようにしたいと思います。

 パウロは幾つもの異邦人教会の設立を手がけた伝道者でした。テント職人であった彼は、教会を建てるうえでもプロフェッショナルでありました。彼は、しかし、教会が出来上がってしまえばそれで良し、と満足してしまうことはありません。なぜなら、教会はその地域に建てたところから動き始めるからです。パウロは伝道者であると同時に牧会者でした。井戸を掘り当てたら人に譲って他へ行くイサクにもその働きは似ていますが、パウロは自分の建て上げた教会によく心を配って、幾度も訪問したり手紙を書いたりして、霊的なケアを心がけました。それで、今、私たちの手元にもパウロの手紙が残っています。フィリピの教会を建てたのものパウロです。そこにアジア州への一つの拠点が築かれて、福音が周囲へと伝播して広がりました。そのフィリピ教会に対して、パウロはこう訴えています。

 なすべきことはただ一つ、後ろのもの忘れ、前のものに全身を向けつつ、目標を目指してひたすら走ることです。

良い教会が立ち上がったらそれで満足ではなくして、教会はそこから終わりの目標を目指して走り続ける、ということをパウロはオリンピック競技のイメージで訴えています。「前のものに全身を向けつつ」、何とかしてゴールに届こうと懸命に体を延ばして、前へ前へと進むアスリートの姿です。ゴールに待っているのは賞に違いありませんが、それは「神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞」だと言っています。教会で力を尽くしてキリストにお仕えしたひとり一人にその賞が用意されているのに違いありませんが、そこには私たちが共にいただく栄光があります。それは、神の国の祝福、復活の命にあって、神とともに永遠に喜ぶ、救いの完成です。

 キリストの教会には尊い福音宣教の務めがあります。それは、イエス・キリストの救いの恵みが、ひとり一人の信仰者を教会に導いて、神の国を世界に押し広げ、その完成へと推し進めて行く聖霊の働きです。罪人の救いを願う神の憐れみが、私たちの信仰を通して、周囲の人々に届けられます。伝道はそのように神の憐れみに発する奉仕ですから、私たちの愛によって推し進められる働きです。私たちはキリストの教会に召されることによって、自分自身がキリストの愛によって育まれると同時に、隣人を愛するがために伝道への熱心に駆り立てられます。

 その尊い務めを与えられたフィリピ教会に対してパウロが送ったエールは次のようでした。

 主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。(4:4-5)

いつも喜びに満たされていること。キリストに結ばれたことの喜びと感謝が教会内に満ちているならば、そこにはキリストが共におられることの確信が伴います。そして、それはそのまま周囲の人々への証しとなります。

 イエス・キリストが指し示しておられる終末の完成に目を注ぎながら、与えられた教会への召しを心から感謝してその交わりをいつも喜んでいることが、これからも私たちの基本的な信仰の姿勢です。パウロはこうも言っています。

 兄弟たち、すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて名誉なことを、また、徳や称賛に値することがあれば、それを心に留めなさい。

罪の現実に目を塞がないで、悔い改める心で主の十字架による赦しを願うことは私たちの信仰そのものです。しかし、それは、自分の失敗や欠点の故に、自分の価値を小さく見積もって卑屈になってしまうこととは別のことです。教会の内にあって、信仰の故に積極的に評価すべきことも沢山あります。イギリスのあるロック歌手が「シニシズムは死だ」と言ったそうですが、それが友人の口癖だったのですけれども、ここでパウロが言っていることを裏側から言ったようなものだと思います。良いことを良いと認めて、それを神からの恩恵と受け取って、感謝することは、私たちがいつも喜んでいるための秘訣です。教会の外にそのような良いものがあるのならば、神がまだこの世界を見捨てていないことの証拠となるでしょう。今も生きて、私たちとともに、愛による救いを完成させようとしておられる、主イエス・キリストを心からほめたたえて、私たちの西神教会を喜んで神におささげしたいと思います。そうであるならば、必要なものはすべて与えられると信じることができます。パウロはこう言っています。

 わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。4:19

今日は使徒の励ましを真摯に受け止めて、大いに私たちの夢を語りたいと思います。現実的であることは教会がいつでも冷静に物事を判断するために大切なことですが、私たちにはそこにある覆いを取り去る信仰の眼差しがありますから、大胆に神の恵みを語ることも許されるでしょう。聖霊なる神が、互いに言葉を交わす私たちの心を燃やしてくださるようにお祈りします。

 

祈り

父なる御神、一日修養会の恵みに今年も与らせてくださって感謝します。ここに集いました私たちが、あなたから与えられる教会の恵みについて、幻をもって語り合うことができるように、聖霊を送ってください。私たちの思いを越えて、御自身の力をもってすべての道を切り開いてくださるあなたに信頼して、主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

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牧師 弓矢健児 (ユミヤケンジ)

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