「憲法逸脱・憲法蹂躙・憲法抜本改正の流れの中におけるキリスト者」

― 政教分離・信教の自由の無視、平和主義からの逸脱、人権軽視、国家主義への傾斜の中で教会とキリスト者はどう生きるか ―

日本キリスト改革派湖北台教会長老 木村庸五(弁護士、東関東中会伝道委員)

日本キリスト改革派教会東北中会主催  2015年2.11集会(於:仙台教会)  (201521514:30)

■ はじめに

 本日は、政治の問題について話すのではなく、御言葉の上に立って、御言葉と共に立つときに、あらゆる領域において神の栄光を顕すように促されているキリスト者として、み言葉に立ってどのようにこの現状を把握し、どのような方向性を示されるかという視点から話させていただきます。聖書のどの部分がどう言っているからこの問題についてこうだというように個別に結びつけて狭く考えて、指針を得るというよりも、聖書全体からどのような大きな方向性を示されているかということをお話しします。

安倍政権は、聖書イザヤ2章4節の、「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直してとし槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げずもはや戦うことを学ばない。」という御言葉とは逆の姿勢、つまり軍事力に頼り、大国に頼る政策を推進しています。さらには、差別を助長し、弱者を軽んじ、隣人諸国との友好よりも対立をあおり、偶像礼拝を喜びとするなどなど、反聖書的な体質を強く帯びています。また、同時に、歴史的にキリスト教を敬遠する風土が根強く、世界で最もキリスト教が受け容れられにくい地域とも言えるこの日本において、キリスト者とされた私たちの証しを用いて、神様は、大いなる業を成し遂げられようとしておられるにちがいないと気の引き締まる思いがしています。

私は、弁護士になって10年ほどそしてこの15年ほどは、特に憲法改正問題に深く取り組んできました。民主党への政権交代があって少し一服していていたのですが、第二次安倍政権が再び憲法改正と言い始め、すぐには改正できないと見るや、改正手続を省いて解釈で改憲することを目指し始め、憲法を事実上骨抜きにするような禁じ手を次々打っています。世論を盛り上げてこれを止めなければ大変なことになってしまいそうな情勢です。しかし、今のところこれを止めることのできる勢力が弱体なので頑張らなければなりません。

 今日は、特に信教の自由と政教分離との関係で憲法改正問題を取り上げるわけですが、政教分離や信教の自由の問題は、憲法の根本的な部分であり、人権・自由を重んじる近代の自由主義は、中世以降の主として宗教的な圧迫に対する抵抗から生まれたものであり、その後の血塗られた殉教の歴史を経て勝ち取られたものです。信教の自由は、あらゆる自由権を目覚めさせ確立するための推進力となったもので、歴史上、きわめて重要な意味をもっています。信教の自由は人権宣言の花形と言われ、各国憲法が保障しています。現在の日本において、政教分離や信教の自由の問題は、憲法のほかの改正点とも密接に関係しています。従って、憲法第9条の平和の問題や憲法の他の改正点とともに改正の動きの全体像を見極めることが正しい理解のために不可欠です。私のお話は、それらの相関関係を無理に引き裂かないように幅広くお話ししようと思います。平和の問題、国防軍創設の問題、天皇の元首化の問題、社会福祉の問題など日本の国のあり方をすっかり変えてしまうような自由民主党憲法改正草案が発表されて中で、これらの問題や国家秘密保護の問題をも考えることを通して、私たちにとって特に関心のある信教の自由や政教分離の問題をより深く把えたいと思います。

 この講演だけですべてを分ろうとするのでなく、この講演と質疑応答を聞き、問題の所在をある程度把握したうえで、配布された資料を何回も読んで、さらにグループで学習会を開き理解を深めていただきたいと願っています。今日出席された一人一人が、この資料を使って講師となって学習を開いていただき周りに伝えていただきたいと思います。


■ 憲法をめぐる状況


 さて、まずは、憲法をめぐる現在の状況をおおまかに確認したいと思います。最後の頁に簡単な年表を付けておりますが、現在は、いわゆる「戦後第二の改憲の波」の流れの中にあります。では、「第一の改憲の波」がいつだったのかということですが、それは今の安倍総理のお爺さん、岸信介が総理大臣の時を言います。自主憲法制定を掲げて自由民主党ができたのも、このころです。

 「第二の改憲の波」の「前史」ともいうべき時期が1990年代で、自衛隊海外派遣の既成事実が積み重ねられていきました。簡単に言えば、湾岸戦争の直後、1991年に掃海艇を派遣したのを皮切りに、次々と「実績」を重ね、2004年には戦地イラクに陸上自衛隊が派遣されました。

 しかし、イラク派兵は「自衛隊」の憲法的な限界を示すものとなりました。もともと9条を持つ日本で「自衛隊」が認められるかということ自体、長年の論争の対象ではあったわけですが、いずれにしても自衛隊が軍隊でなく専守防衛に徹する自衛隊である以上、海外での戦闘行為は認められない。そのため、イラク派兵のとき、「せっかく陸上自衛隊を地球の裏側まで派遣しても給水活動しかできないじゃ話にならない」ではないかという議論がふき出てきます。

 そこで、2003年以降、ありとあらゆるところから憲法改正に向けた提言がなされるようになります。いわば「イラク改憲」ともいうべき流れです。それを集大成したものが2005年10月28日に発表された自民党の「新憲法草案」でした。ただ、気をつけていただきたいのは、この草案は、9条改正だけを提案していたわけではなく、まさに、国のかたちを変える全面的な改正案だったということです。

 そして、2006年には「憲法改正」を公約に掲げた第一次安倍政権が誕生します。この政権の下で、教育基本法の「改正」や、「憲法改正手続に関する法律」の制定がなされました。

 ところが第一次安倍政権は、意外と短命に終わりました。たった1年で政権を投げ出してしまっています。そのきっかけになったのは2007年の参議院議員選挙での大敗でしたが、その後の衆議院選挙で「政権交代」が起き、自民党自体が政権の座から降り民主党が政権をとるという状況が生まれました。しかも、その間に、イラク戦争自体が失敗であったことが誰の目から見てもはっきりしてきました。大義名分とされた大量破壊兵器すらなかった。戦争も泥沼化していく。そういう状況の中で、自然と「イラク改憲」の流れは沈静化していきました。

 では、野に下った自民党はどうなったか。印象としては、野党となって議員数も党員数も大きく減らした中で、原点回帰といいますか、より先鋭的な右寄りの改憲政党になったようです。

 それを象徴するのが、2012年4月27日に発表された「日本国憲法改正草案」です。2006年の「新憲法草案」も十分復古的全面改憲案だったと思いますが、それでも物足りないということで、さらに復古色を強めた「草案」を出してきたのです。

 そして、同じ年の7月4日には「国家安全保障基本法案(概要)」を発表します。これは、今問題になっている「解釈改憲」の源流になるもので、憲法9条を改正しないまま、いままで政府自身が憲法違反としてきたことを憲法改正手続も経ずに、法律によって、今まで憲法上自衛隊はできないと政府が言っていたことを、一方的に全部できることにしてしまおうというとんでもない法案です。憲法のもとにある法律でより重要な上位の憲法を勝手に変更してしまうという乱暴なやり方をとろうとしています。

そして、政権交代の見通しが濃厚になっていた2012年の9月には、安倍晋三氏が、まだ野党であった自民党の総裁に復活します。そして、12月の衆議院議員選挙で自民党が圧勝し、政権党に復帰しました。かくして、第二次安倍政権が誕生したのです。その後昨年の参議院議員選挙も年末の衆議院総選挙も乗り切り、今やこの政権は2年以上続いており、長期政権になろうとしています。

 さて、2012年総理大臣に返り咲いた後の安倍さんですが、選挙では憲法改正を公約に掲げてはいましたが、選挙戦では、作戦上その点はほとんど主張せず、経済政策に重点をおきました。ところが選挙が終わると、まず唐突に言い始めたのは「憲法96条改正」でした。しかし、このときは学者や各界の動きも早かった。「改正手続きを変えて憲法を変えやすくするのは反則技。裏口入学みたいなものだ」「改正の中味を議論せずに手続だけを緩めておいて中味を通そうとするのは姑息な手段だ」という世論が各界・各層から、また改憲論者からも出て、反対が一気に広まってこのもくろみは頓挫しました。

 そこから、安倍さんのやり方は、明らかに変化します。正面から憲法を変えようとするのではなく、「解釈」を変えてしまえばいい。「俺は今日から赤信号も渡っていいと思うことにした」と開き直るようなやりかたですね。要するに憲法を無視して突っ走り続けるわけですが、そのスピード感たるや凄い。政権を失い民主党政権時代、下野している間にいろいろ構想を練り、知恵を探っていたのでしょう。なかなか「的確」なところを次々と矢継ぎ早やに突いてきています。

 まず、一昨年8月には、内閣法制局の長官を更迭、首をすげ替えました。内閣法制局というのは政府提出の法案が憲法に違反しないかどうかを法律専門家として法的にチェックする非常に重要なところで、「裏最高裁」と言われるほどの役割を果たしてきました。イラク戦争のときにも、内閣法制局の方々が、政治家に、なぜ自衛隊が海外で戦闘行為をしてはならないかを体を張って説いて回ったという話も聞きます。憲法を守りたくない安倍さんにとっては一番邪魔なところ、目の上のたん瘤ですが、そこのトップをよりによって集団的自衛権行使容認論に立つ外務省出身者にすげかえてしまったんです。余りに露骨な人事です。

 露骨といえば、NHKの人事もそうです。一昨年11月には自分のブレーン4人を経営委員に送り込みました。その結果、目に見えてNHK報道の中身が変わってきました。その最たるものが特定秘密保護法に関する腰の引けた報道だったと思います。その後選ばれた籾井新会長も「慰安婦問題」について「どこでもあった話」と発言しましたが、そのような姿勢がしだいに放送内容に反映されてゆきます。

 そして、一昨年12月4日には、国家安全保障会議(日本版NSC)設置法を成立させます。これは、いわば戦前の「大本営」を復活させるようなものですが、戦争をする国とする布石ともいうべきものです。

 極めつけは、特定秘密保護法です。これは、戦前の「軍機保護法」や「治安維持法」の復活というだけでは足りない問題点を抱えた法律です。報道の自由、知る権利、プライバシー権そして刑事事件における適正手続きの保障という重要な権利や裁判制度をもことごとく踏みにじる法律で、当然憲法違反の法律です。しかも国家の秘密保護に関する国際基準「ツワネ原則」(国家安全保障と情報への権利に関する国際原則)からも大きくかけ離れた内容でしたから、国際的な批判も浴びています。しかし、数に物を言わせて2013年12月6日に参議院でも強行採決してしまいました。

 さらに、12月17日には、「国家安全保障戦略」を発表して、「世界の主要プレーヤー」「積極的平和主義」といった勇ましい言葉を掲げました。

 そして、12月17日には、沖縄仲井真知事に辺野古埋立を承認させました。

 昨年(2014年)の5月には、「安保法制懇談会報告書」が発表されました。安倍さんが選んだ委員たちの出した結論・答えはおおむね予想されていたとおり集団的自衛権の行使を認める内容でした。この報告書の提出を受けて、さらに公明党との調整により制約条件を付加して、通常国会の会期終了後の昨年7月1日に、9条の解釈を変更して現行憲法において集団的自衛権の行使が認められる旨の閣議決定をしました。そして、今年の春の国会で、その解釈に合うように自衛隊法や周辺事態法の改正など安全保障関係法の改正・制定を一括しておこなおうとしています。政府・内閣法制局の人たちが半世紀にわたり憲法違反として頑として認めなかった海外での武力行使を憲法改正の国民投票もしないまま認める一体、憲法9条を巡るこの何十年の議論は何だったんだろう!?-と言いたくなる話です。

 安倍さんのもくろみが順風満帆で進むとは限らないことにも注意する必要があります。憲法第96条の先行改正はできませんでしたし、秘密保護法制定の強引さで、内閣支持率はかなり下がりました。沖縄県名護市の市長選挙でも自民党候補者は負けました。秘密保護法についても、制定された法律を廃止しようという運動が根強く続いていますし、集団的自衛権行使容認の閣議決定に対する反対も根強いです。また、昨年7月13日の滋賀県知事選挙では、民主党系の三日月大造氏が自民、公明両党推薦の小鑓(こやり)隆史氏を破って当選しました。自民党は国会議員延べ200人を投入しての大支援でしたが、敗れました。その敗因として大手メディアは「安倍政権が進めた集団的自衛権の行使容認の措置が自民党候補への票を減らした」と解説しています。昨年12月の沖縄県知事選挙でも政府の政策に反対する翁長雄志候補が選ばれました。しかし、他方、国政レベルでは衆議院総選挙も行われ、安倍自民党政府の多数の強行が続く可能性が高い状況です。

 一昨年末の靖国「電撃」公式参拝は、安倍首相による現行憲法への重大な挑戦です。これは、中国・韓国のみならず、アメリカですらあきれる事態でした。国際政治で孤立を深めることを百も承知で、なぜ行くのか?-と聞きたいところですが、対立を強め危機を煽って力による政治を推進するという安倍さんの手法は極めて危険です。靖國神社参拝のような行為が日本を孤立させ安倍路線が頓挫する歴史的な転換点になる可能性があるかもしれません。安倍政権は自ら危機を作り出し、その危機を理由に憲法の足かせをはずし権力を強化しようとしてきました。


■ 憲法改正の動きの底流


 さて、憲法改正-あるいは解釈改憲の動きの底流にあるものは何でしょうか。よく、「アメリカと財界のいいなり」になって憲法改正をしようとしているという言葉を聞きます。憲法改正の場面では、それは一面の真理を突いています。

 まずアメリカですが、今日に至る明文改憲論の直接のきっかけとなったのは、アメリカが起こしたイラク戦争のときのことです。「ショウ・ザ・フラッグ」とか「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」とかいった言葉を覚えておられる方も多いでしょう。「世界の日米同盟」となるためには、海外で戦闘行為ができ、アメリカと一緒に戦えなければならない。それができない「自衛隊」ではだめだというのが、改憲の一つの大きな論拠となっています。

 次に財界ですが、「イラク改憲」のとき、憲法改正に一番熱心だったのは、財界、特に日本経団連でした。

 ただ、今の安倍政権・自民党が、アメリカと財界の「いいなり」か?-というと微妙に違うと言わざるを得ません。

 それを象徴するのが、2013年末の靖国電撃参拝です。アメリカは靖国神社というものが軍国主義思想・国粋思想によって立つものであることを意識しており、日本が隣国との関係にいたずらに波風を立てないように、総理が靖国に参拝しないように牽制してきました。安倍さんの電撃参拝を受けて、「失望」したという、同盟国に対するものとしては最高度の表現でこれを非難しました。財界も、これ以上中国や韓国との関係を悪化させたくないはずです。

 つまり、今の安倍総理は、従来の「保守」という枠組みだけでは語れない、強固な反憲法的イデオロギー、国粋的な信念の持ち主なのです。

 安倍総理の政治的信念もさることながら、その歴史認識は、歴史家の間で史実として確定している事柄まで否定するという点で非常に心配です。たとえば、朝日新聞の慰安婦問題の件は、確かに朝日のガードが甘かったと言われても仕方がないのですが、これ幸いと、これをきっかけに朝日バッシングを行い、一国の首相自身がマスコミの締めつけに執念を燃やしているという異常な事態でした。

また、閣僚19名のうち実に16名が「神道政治連盟国会議員懇談会」に所属し、安倍首相自身がその会長であるという事態にもっと危機感を感じるべきです。

 神道政治連盟というのは神社本庁を母体とする政治団体で、「自主憲法の制定、靖国神社での国家儀礼の確立、道徳・宗教教育の推進、東京裁判と侵略戦争の否定、A級戦犯の擁護、皇室と日本の伝統の尊重」などの主張にもとづいて活動を続けています。その運動の中心にある神社本庁は、神道の祭り主である天皇が親政を行って政治の中心となり、国政上、政府はこれに進言する役割しか持たなくするという体制を復活すべしとしており、2012年4月に発表された自民党の憲法改正草案もこの主張にかなり近い内容なのです。いつの間にか日本はこういう勢力によって政治権力を乗っ取られてしまっているのです。

そんなことがいまどきあるはずはないと思っていた方向をめざしているので本当に驚きます。今後、事態が良くなるという期待が持てないのは深刻です。

 朝日新聞がナショナリストを勢いづかせたのではなく、自民党の野党の時代に自民党を支えピッタリ寄り添ってきて、自民党復権に貢献し一気に勢いを増した極右ナショナリストの餌食に朝日はなったのだと思います。慰安婦問題で誤った記事を書いたとされる記者の再就職先、再々就職先にまで脅迫の手が及んだのです。朝日の一つの報道が間違っていたとしても、慰安婦問題が消えるわけではありません。誤報がひとつあったからといって事実全体がでっち上げであるというのは、全く的はずれであるのですが、歴史修正主義の立場が勢いづいたのは事実です。

 慰安婦問題や南京大虐殺や日本が非難されているアジア太平洋戦争におけるさまざまな日本の戦争の過ちは、すでに多くの証拠があって否定しようがないものですから、そこから出発してその反省と謝罪から新しい友好関係を築いていくしかないのに、実際に起きた歴史的事実をまるで無かったかのように振舞う歴史修正主義は、大きな不信感と対立を生み、友好関係を築くことを不可能にしてしまいます。とても心配です。

河野談話や村山談話を覆すことは、日本に対する不信感を世界に植え付けるだけです。歴史をゆがめて自分の都合の良い歴史を作り上げ、それに基づいて価値判断をし行動するのは全く愚かなことです。インドネシアだけでなく、韓国でも、元満州でも日本軍が焼却しきれなかった軍の公文書が発見され、日本軍が直接かかわっていたことを示す史料が見つかっており、これらの資料の一部は国連にも提出されています。歴史的事実を隠すことはできません。とにかく、史実にもとづいて冷静に対応する必要があるので、さまざまな著作などを通じて客観的事実は何なのかを各自がしっかりと見極めることをしないといけないと思います。

 安倍総理が提唱している主張の中身を的確にご説明させていただくには、皆さんが学校で習った憲法の言葉だけでは足りません。そこを補足するために、少し遠回りして、憲法の歴史と基本理念についてお話させていただきたいと思います。


■ 近代国家と憲法の根本問題


 基本的人権は永久不可侵と言いますが、実のところ、卑弥呼の時代にそんなものはありませんでした。「憲法」=Constitution が誕生したのは、西欧でも「近代」と呼ばれる時代になってからで、その歴史はたかだか300年くらいのものです。宗教改革が始まってから200年経ってその影響が広く及んだころから生まれてきたものです。大日本帝国憲法が制定されたのも、今から120年余り前、日本が、明治維新の時代を経て、近代国家へと変貌を遂げる時期からでした。

 では、なぜ、近代になって憲法が登場したのでしょうか。それを理解するためには、近代西欧で誕生し、明治政府が西欧諸国に追いつくために取り入れた「近代国家」(「主権国家」とか「国民国家」とも言われます)という社会システムの仕組みを理解しなければなりません。

 日本でも西欧でも、「近代」の前には「中世」と呼ばれる時代がありました。日本の場合は平安末期から江戸時代までの時代です。洋の東西を問わず、中世社会の基本は「ムラ」です。これが社会の基本単位で、その上に領主がいて、大名がいて、将軍がいた。西洋では、貴族がいて、王がいた。中世の王様や江戸幕府の将軍の力は、「水戸黄門」でイメージするよりはるかに弱いものです。その下にいる貴族や大名には強い自治権が認められていて、王や将軍は一番強い大名、貴族のリーダー的存在でしかなかったのです。

 では、その社会に暮らす人たちはどうだったか。この時代の人たちは、「身分」「家」「領地」といった封建的な秩序にがんじがらめにされていました。今の感覚からすると、当時の人たちは、不自由で不平等な空間に押し込められていた訳です。

  そして、近代国家は、この「中世」的秩序を、上と下との両方から解体することによって誕生しました。まず、下からは、「生まれながらにして自由かつ平等で主体的に行動する地位を付与された一個の人間」=「個人」Individualというライフスタイルが、ムラ社会を壊していきました。プロテスタントの担い手となった独立自営農民や通商の発達により富を蓄え始めた自営商人などです。他方で、上からは、王様が、それまで領主や貴族が持っていた自治権を奪い取り、権力をどんどん吸い上げていきました。かくして「絶対王」と呼ばれる強大な権力者と、彼が統治する「国家」(現代の私たちがイメージする国家)がようやく誕生していったのです。現在私たちが「国家権力」とイメージするものも、このときに誕生したのです。

 その道のりは国によって差があるのですが、日本の場合は、徳川幕府の中世封建時代が長く続いたために、19世紀後半から短期間で「近代化」を成し遂げなければならなかったので、その変化がわかりやすいともいえます。

 明治維新の時代に登場した「個人」のモデルとしては、坂本龍馬がいます。もともと土佐の下級武士の次男坊に過ぎなかった龍馬は、脱藩して商売人になり、やがて薩長同盟を実現させ、討幕運動を決定的なものにしてゆく。彼は、土佐藩士としてでもなく、坂本家の一員としてでもなく、「坂本龍馬」としてその人生を独立した個人として生き切った。そんな龍馬のような個人が数多く生まれたからこそ、近代国家日本が誕生したのです。

 では、日本に誕生した「絶対王」は誰か。それが「天皇」です。「廃藩置県」とは、それまで大名の持っていた各藩の権力を全て天皇が奪い取ることを意味しました。日本国民全体を直接統治する絶大な権力が誕生したのです。天皇を担ぎ出すのが得策と判断したのです。

 以上まとめると、「個人」と「国家」は、近代が生んだ二卵性双生児のようなものだということになります。それゆえに、近代国家は、その誕生の時から現代に至るまで、個人と国家の関係をどのように考えるのかという問題…つまり、「個人あってこその国家なのか」「国家あってこその個人なのか」という問題を抱えることになります。そして、これこそが今に至るまで憲法の根本問題とも言うべき課題なのです。

 まず、「個人あってこその国家」という考え「個人主義」といいます。これは利己主義と混同して使う人がいますが、利己主義とは全く異なり、個人の尊重あるいは個人の尊厳の尊重を重視する立場をいいます。「社会契約論」という言葉を聞かれたことがある方も多いと思いますが、それこそがこの考え方です。つまり、まず、ヤマダさん、タナカさんといった一人ひとりの個人がいる。国家とは、その個人がつくった協同組合のようなものだという考え方です。そして、後ほど述べるように、近代的な憲法はこの考えに立っています。実は聖書には、神と民との契約や王と民の契約という考え方が随所に出てきますが、宗教改革を通じて、個人が一人の人間として直接神の前に立つという聖書の教えに立ち返り、また、聖書の契約的な関係が神学的にも確認されたことも、この近代的国家観の形成に影響しているかもしれません。

 他方、「国家あってこその個人」という考え「国家主義」と言います。絶対王が支配した時期、その権力を正当化するために「王権神授説」という考えが説かれました。そのような考えを利用して「国家」とは、単なる人間の集まりを越えた一つの「生命体」のようにイメージされます。そこでの「君主」は「脳」、一人一人の国民は全体のためにつくす「細胞」といったところでしょうか。「細胞」は、一応独立した単位ではあるが、それ自体には価値がない。その生命体の一部であるからこそ存在価値があるし、生きてゆけるという訳です。

 そして、日本では、この考えは、しばしば「民族」という言葉とともに語られてきました。神話の時代から続く生命体としての「日本国」、そしてそれを構成する細胞としての「日本国民」のイメージを、「日本民族」という言葉で表現していたのです。そして、その頂点に君臨しつづけてきたのが「天皇」であり、それこそがわが国(民族)のアイデンティティー=「国体」であると明治憲法下では強調されてきました。わが国がわが国であるためには天皇を戴く国家でなければならないというわけです。

 先ほど「個人主義」と「国家主義」の対立こそが憲法の根本問題と言いましたが、それは、近代から現代の歴史の中で、何度も時と場所を変えて国家主義が台頭してきて多難の時代を歩んできたからです。20世紀になると、ヒトラー時代のドイツ、天皇を戴いて利用し軍部が独走した日本といった、極端な国家主義に走る国が登場して、内外に大変な災いを及ぼしました。その問題意識を持たないと、たとえば、今何かと話題となっている総理の「靖国神社」参拝の問題の本質がわかりません。偶像礼拝だからダメというだけではその深い意味がわかりません。偶像礼拝をすると何が起きるかそれは神様の意思に反する事であるが故に様々な悲惨な結果を生むということを歴史から幅広く学びとる必要があります。創造の秩序を乱し、被造物を神とすると、様々な混乱・不正・暴虐が起き、差別の体系が形成されます。現人神を頂点とする価値のピラミッドが必ず形成されます。

 靖国問題は偶像礼拝であるということで明らかに問題なのですが、それを抜きにしても、私が見たところ、靖国神社をめぐる問題は2つあります。

 まずは、「A級戦犯合祀」の問題です。東京裁判で死刑とされたA級戦犯が祭られた神社に参拝することは、近隣諸国を蹂躙した侵略戦争を正当化し、東京裁判を否定し、戦犯に象徴される戦争責任者の責任を否定することになる。これは「歴史認識」問題に直結するし、中国、韓国はもちろんアメリカまでも怒らせることになるわけです。

 ただ、靖国神社がA級戦犯を合祀しなければ問題が解決するかというと実はそうではありません。高橋哲哉氏が「靖国問題」で指摘したように、靖国神社は「お国のために死ぬことこそ最高の幸福」であるという国家主義思想を象徴する施設なのです。つまり人の死を国家が意味付け、人を喜んで国のために命を捧げさせるようにする仕組みであると言えます。それが宗教的なものであるがゆえに冷静な判断を超えて教育されるという点で大きな問題があります。

 高橋哲哉氏の「靖国問題」では、雑誌「主婦の友」の1939年6月号「母一人子一人の愛児を御国に捧げた誉れの母の感涙座談会」という記事を紹介しています。その一部を引用しますと、


「うちの兄貴は、動員がかかってきたら、お天子様へ命をお上げ申しとうて申しとうてね、早う早うと思うとりましたね。今度は望みがかなって名誉のお戦死をさしてもらいましてね」


「もう子供は帰らんと思や、さびしくなって仕方がないが、お国のために死んで、天子様にほめていただいとると思うと、何もかも忘れるほどうれしゅうて元気が出ますあんばいどすわいな」


とあります。「子供が死んで嬉しい」と言わなければならない時代があったのです。

 この時代の若者にとって「赤紙」が来たら、自分の人生は終わりでしたが、それを喜ぶように教えられるのです。戦争末期には「国体護持」のために、国民は最後の一人まで戦って死ぬべきであると語られていました。ここに国家主義の典型を見ることができるのですが、その価値観が集約された施設こそが「靖国」なのです。そこに総理大臣が参拝するということは、単に政教分離の問題であることを超えた、本質的な問題があるのですね。首長である内閣総理大臣が「靖国」の価値観を国家の価値観として公式に肯定するために参拝するのです。さらに、当面は実現の可能性は低そうですが、大祭司である天皇自らが、国のために尽くした英霊を拝むために靖国神社に公式参拝させようと目指しているのが靖国神社や有力な圧力団体である神道政治連盟や神社本庁です。天皇の参拝こそが教理的には目指すべき最終ゴールとなるのです。


■ 憲法の基本理念


 さて、今お話した憲法の根本問題との関係で、現行憲法をどのように捉えればよいのでしょうか。いわば「憲法の基本理念」ともいうべき問題です。学校で習う「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」は現行憲法上の大事な原則ですが、その基礎に、さらに根本的な理念があることは意外と知られていません。それを「立憲主義」と言います。では、「立憲主義」とは何なのでしょうか。その答えは憲法の歴史をさかのぼることによってわかります。

 憲法も300年の歴史の中でいろいろな発展を遂げていますが、その原点となったのは、ジョン・ロックというイギリスの哲学者の考えです。彼が1690年に公表した「統治二論」(市民政府論)こそ、憲法の原点というべき考えです。そして、その考えの基本となるのが「個人主義」と「法の支配」という2つの理念であり、これこそが、紆余曲折を経て、市民革命の時代から現代に至るまで、憲法を貫く基本理念なのです。

 日本弁護士連合会(「日弁連」)も、鳥取で開催された2005年の人権大会において、立憲主義について「憲法は、すべての人々が個人として尊重されるために、最高法規として国家権力を制限し、人権保障をはかるという立憲主義の理念を基盤として成立すべき」と宣言しました。これもロックの考えを強く反映しています。

 また、彼の考えは、アメリカを経由して、現在の日本国憲法に強く反映しています。だから、彼の考えは、憲法の条文にも反映していますし、先の日弁連の宣言も、以下の3つの条文を下敷きにしています。


13条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」


98条1項「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」


99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」


このうち、「個人主義」を規定したのが13条です。いきなり「個人主義」というとひるむ方も多いのですが、先ほど説明した「国家主義」との対比で捉えるなら、自然と意味を理解いただけると思います。これを意識しないと、13条を「全ての個人が尊重される」と読み違えてしまいます。しかし、13条は「個人として」尊重されると書いています。それは、英訳だともっと明瞭で、"All of the people shall be respected as individuals."となります。要するに、全ての国民が「生まれながらにして自由かつ平等で主体的に行動する地位を付与された一個の人間」として尊重されなければならないというのが13条です。それは「個人あってこその国家」という考えを示すもので、「お国のため」に殉じることを強いる国家主義を排除するものだということができます。

 これは大日本帝国憲法とは180度の転換を意味します。大日本帝国憲法は、前文の(「告文」と「憲法発布勅語」)「国家統治ノ大権ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ伝フル所ナリ」という言葉に象徴されるように、理念的には王権神授説=典型的な国家主義の立場に立っています。実際の運用はかなり謙抑的で天皇も立憲君主として振る舞っていた時期も長かったのですが、軍部が独走するようになってからは、その弱点が明白に出てしまいました。

 「天皇」個人にどれだけ国家の暴走について責任があるかは多いに議論のあるところですが、軍隊が「天皇」の名をかたって暴走したとき、それを止めることができなかったのは事実です。それは制度そのものの欠陥を示すものです。軍部の独走を批判する言論も治安維持法によって封殺され、国内外に大変な災禍を引き起こしてしまいました。その反省の上に、日本国憲法は、近代憲法の原点に立ち返って「個人主義」の理念を明確にしたのです。

 次に「法の支配」を規定したのが、98条1項と99条です。98条1項で憲法は「最高法規」と規定されています。でも憲法は、法律の中では別格で一番上にあるだけではありません。99条を見てください。憲法を尊重し擁護する義務が「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」に課せられています。つまり、憲法より上にはだれも居ない、憲法の上に立つ「人」はいないのです。最高権力者も憲法には従わなければならない。だから「法の支配」なのですね。「人の支配」ではなく「法の支配」なのです。この近代憲法の思想は、「法王」や「教会」ではなく、「みことば」に従うというプロテスタント教会の立場との親和性を感じます。1600年代から1700年代にかけてこの思想が生まれたことはこれに先立つ宗教革命が大きく影響しているに違いないと思います。

 他方、99条で注目すべきことは、「国民」には憲法を尊重し擁護する義務が課せられていないことです。つまり、普通の法律と違って、憲法は、権力者を縛ることに存在意義がありそれが存在目的なのです。それが憲法の本質なのです。これは、歴史の生んだ知恵です。権力者が暴走をしたとき、どうやってそれを止めるか? 警察や軍隊まで動かすことができる権力者に「力」で勝てる個人などいません。最も恐ろしい悪は、権力の暴走なのです。個人は弱い存在です。だから、「法」に反する権力者、「法」を侵す権力者の命令には警察も軍隊も従う必要はない、むしろ「法」を破った権力者がその座を追われるべきだ…という「法の支配」の考えがあってこそ、個人主義を実現しうるのです。ロマ書13章の上にある権威に従いなさいという言葉は、現在では、権力者である人に従うよりその上にある法に従いなさいという意味になるのです。

 ジョン・ロックやルソーに代表される「市民革命」の時代には、絶対王と呼ばれる権力者がその権力を乱用して個人の自由をないがしろにすることがしばしば起きました。「革命」によってその権力者を追放し、権力の乱用をこれからは防ごうとして生まれたのが「個人主義」と「法の支配」が組み合わさった「憲法」だったのです。

 そして、学校でくどいほど教えられる「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」と呼ばれる原則も、「個人主義」と「法の支配」という、この2つの基本理念があってこそそれに支えられて成り立つものです。国民主権は「個人主義」を前提とした国家論=社会契約論を前提にしています。基本的人権の尊重とは、「全ての国民を個人として尊重すること」を権力者に義務づけることに他なりません。押し付け憲法論という主張がありますが、憲法は権力者にとっては常に押し付けられるものなのです。

 たとえ多数者の賛成があっても奪うことのできない権利それが基本的人権です。平和主義が憲法に取り入れられたのも、戦争によって、全ての価値が「国家が戦争に勝利すること」に収斂されてしまうのを避けるためです。つまり、9条の本質は、権力者に対する「戦争の禁止」であって、単なる政策論ではありません。近代戦を通じて到達した「戦争こそが最大の人権侵害である」という認識のもとに設けられた現実主義的な結論なのです。

 では、この基本理念にかかわる部分について、2012年4月発表の自民党の「日本国憲法改正草案」ではどうなっているでしょうか。同草案の改正13条では「全て国民はとして尊重される」となっています。「個人」Individualが単なる「人」manに格下げされ、一人一人の個性ある個人を個別に注目しない考え方なのです。

 では、99条はどうか? 自民党の改正案では「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。」「国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う」と変わっています。何と、権力者を縛る憲法が、国民を縛る憲法に変えられてしまっている。しかも、憲法を守るべき権力者から「天皇」も「摂政」もはずされてしまっています。要するに、自民党の憲法改正草案は、立憲主義の観点からすると、憲法を憲法でなくすると宣言するに等しい内容なのです。

 そして、根本にある理念がズレれば全体がズレてきます。権力がその暴走を止める鎖を自分ではずして暴れ出しています。「国民主権」は少数者の意見に配慮しない単なる多数決民主主義(決められる政治)に、「基本的人権」は国家から与えられた権利(公益及び公の秩序に反しない限りでの権利)に、そして「平和主義」は戦争の禁止から単なる政策-しかも国際法を守るとは限らない積極的平和主義になってしまう。つまり、自民党安倍政権と現行日本国憲法との間には、国家観、憲法観において根本的な違いがある。そのことをはっきりさせておきたいと思います。


○ 立憲主義を腐らせた犯人


 先ほど憲法の基本理念についてお話させていただきました。ただ、この基本理念をふまえつつ、憲法がどのように歴史的に発展してきたのかという視点を持つことは重要です。

 17世紀の末に産声を上げた憲法(立憲主義)の歴史を振り返ると、揺るぎなく「前進」し続けてきたとは必ずしも言えません。特に19世紀から20世紀前半にかけては憲法の空洞化と破壊ともいうべき時代が訪れます。19世紀になると「憲法もないような国は一人前の国ではない」という常識が広まる一方で、その中身が薄まり「憲法の空洞化」とも言うべき現象がおきます。  

1889年に制定された大日本帝国憲法が、当時にあっては「文明国標準」に合致していると評価されていたことはその証です。そして、20世紀の前半には、ヒトラー率いるドイツや、軍部が独走した日本など、国家主義に席巻され、人権が完全に無視される国が登場しました。

 憲法学的に言うと、特に衝撃的だったのはドイツです。第二次世界大戦前のドイツには「ワイマール憲法」という、当時としては世界最高水準の憲法がありました。ところが、よりによってその国でヒトラーが独裁者になった。「民主主義が自殺」してしまった。それはなぜなんだ?-これが、戦後の憲法学の原点です。

 では、近代に誕生した憲法を「腐らせた」犯人は誰だったのでしょうか。それは実は「貧困」「戦争」だったのです。「住むところがない人は自由か?」、失業してホームレスになった人に、「あなたには居住移転の自由があります」とか「職業選択の自由があります」と言っても無意味です。つまり、「貧困」は、ある一線を越えると「不自由」になる。しかも、一度極度の貧困に落ち込むと、いくら努力しても這い上がれないという厳しい状況が生まれます。まだ社会保障という制度が整備されていない時代、「格差」と「貧困」が社会を覆いました。その時代にあって、「あなたは、あなたの人生の主人公」などというのはお金持ちだけに通用する話。ほとんどの人たちにとって、自由とか基本的人権といった理念など、空々しい、キレイゴトの世界のことでしかなかった訳です。

 それに追い打ちをかけたのが「戦争」です。戦争は昔からありましたが、意外なことに、欧米列強国どうしの戦争は、1871年のプロイセン・フランス戦争以来40年以上も絶えていました。その間に、工業化とともに兵器の近代化もどんどん進んでいきました。工業化、兵器の近代化の意味するところが明らかになったのは、今から100年前、1914年に勃発した第一次世界大戦でした。そこでは、約2000万人の死者が出たといいます。この戦争がそれまでの戦争と本質的に違うのは「国家の総力戦」だったことです。つまり、軍人だけではなく、国民全体が一丸となって闘わなければ勝てないし、國民全体が戦争の被害を受ける時代が到来したのです。

 しかも、その戦争が繰り返されます。1939年には第二次世界大戦が勃発しました。この戦争ではわが国も当事者となり、中心的な加害者に加わり、その被害は第一次世界大戦をはるかに上回るものとなりました。この莫大な死者、犠牲に対する反省と、もう戦争はしないという決意なしには、人権も意味がない…というのは非常にわかりやすい理屈です。

 さらに、国家の総力戦の時代が訪れると、戦争に国家が呑み込まれてしまうという事態が生じます。つまり、ひとたび戦争が起きれば、「国家が勝つために個人が大規模に死ぬ」ということが迫られることになります。そして、そのような中では、全ての価値が「国家が勝つこと」に集約されてしまうことになります。かつての日本のように「国体護持のため、最後の1人まで闘って死ぬべし」という結論となるのは自明のことです。つまり、「戦争」こそは最大の人権侵害であり、立憲主義の最大の敵なのです。


○ 憲法に規定された平和と社会保障


 かくして、第二次世界大戦後、「戦争」と「貧困」をどのようにして克服するか-ということが、近代国家を運営してゆくうえで最大の課題となりました。それが憲法に反映してゆくのは当然です。これは、日本だけでなく、世界中の国々に与えられた課題でした。「平和主義」も日本だけのオリジナルではなく、現在では150を越える国の憲法に、何らかの平和主義条項が設けられています。また、貧困を克服するための社会保障も、大半の国で実施されています。

 ただ、日本の憲法は、比較憲法的に見て、その点をかなり徹底しています。たとえば、日本の憲法25条のように「生存権」を明文で規定している国は、おそらく、他にはないでしょう。そのような規定ではワイマール憲法が有名ですが、現在のドイツの憲法にはありません。また、これは、いわゆるマッカーサー原案にはなかったのですが、憲法の起草過程で日本人が自ら付け加えたものです。とはいえ、他の国も、憲法のいろいろな条文を根拠に、社会保障を権利として実施しています。

 しかし、何よりも日本のオリジナリティが際立つのは、やはり平和の問題でしょう。特徴的なのは「平和的生存権」を規定した前文と、戦力放棄まで規定した9条2項です。そして、安倍さん達が目の仇にしているのも、この2つです。この2つを削除しようとする人たちは、口をそろえて、「侵略戦争をしてはならないのは当然」「9条1項が残るから大丈夫」といいます。でも本当に大丈夫なのでしょうか?

 ここで押さえておかなければならないのは、9条1項の原型はすでに戦前からあったということです。それは、第一次世界大戦後、1928年に締結された「戦争放棄に関する条約」です。これは「パリ不戦条約」と呼ばれることもありますが、次のような規定を持つ条約でした。


「締約国は国際紛争解決の為戦争に訴ふることを非とし且其の相互関係に於て国家の政策の手段としての戦争を抛棄することを其の各自の人民の名に於て厳粛に宣言す」


どうでしょう。今の9条1項とよく似ているでしょう。この条約によって、侵略戦争は既に1928年に禁止されていたのです。

 ところが、日本は、1929年の世界大恐慌を契機にして、中国への侵略戦争を始めます。これは、戦争とはいわず、「満州事変」「シナ事変」と強弁して行われました。不戦条約を意識したからです。更に、アメリカなどから経済封鎖をされると、「自衛」のために、真珠湾攻撃・太平洋戦争へと突入してゆきました。「戦争放棄に関する条約」があっても戦争を防げなかったという歴史の教訓を学んだのです。それが日本の特殊性なのです。戦争を防止するため、9条1項のほかに前文と9条2項が加えられたのは決して「思いつき」ではなかったし、単なる理想ではなく、歴史の現実から学んだ現実的結果なのです。

 ちなみに、真珠湾攻撃といえば、20世紀以降、超大国アメリカに軍事先制攻撃を仕掛けた国は日本だけです。そのほかにはありません。あえていえば、9.11を引き起こしたアルカイダ=ビン・ラディンくらいでしょうか。つまり、多少なりとも歴史を勉強している外国人からは、「あの国は、いざとなったら何するかわからない」と未だに潜在的に思われていることを日本は自覚しなければなりません。特に、日本の戦争の被害を最も多く受けた中国や韓国・朝鮮は、警戒するのは当たり前といえるでしょう。そこへ、A級戦犯が合祀された靖国神社への首相の電撃参拝です。

 総理にはもう少し自覚を持って欲しい…と思うのは私だけでしょうか。しかしそういう呼びかけに耳を傾けるような人ではないようで、自らの道が正しいと確信して突き進んでいる様子に背筋が寒くなります。


○ 自衛隊と軍隊


 さて、話を戻しましょう。9条2項を持つ日本ですが、日本には「自衛隊」もあります。これと「軍隊」はどう違うのでしょうか? 見た目はよく似ています。戦車もあるし、戦闘機もあるし、軍艦もある。最近事故を起こした「空母」そっくりの輸送艦(おおすみ)まであります。しかし、9条2項が存在する以上、「自衛隊」は「軍隊」とは言えません。日本が攻撃を受けた時にのみ防衛をします。

 自衛隊についての政府解釈は、ある意味、非常にシンプルでした。国家には、他国からの侵略によって国民の生命・財産が侵害されようとしているとき、それを防ぐ義務がある。9条2項とて、それを禁じているわけではない。だから、自国の安全を保障するための最小限の「実力」は保持できるし行使も可能だが、それ以上はできない。つまり、日本自身が武力攻撃を受けていないのに戦闘行為をしてはいけない、海外で戦闘行為をしてはいけない…これが、自衛隊が誕生してから一貫して政府が答弁してきた内容です。

 このことをお話すると、「ではその解釈は正しいのか?」と質問されます。自衛隊自体も憲法違反ではないのか?従来の政府の憲法解釈は「個人的には支持しないけれど、解釈としてはギリギリセーフ。あり得る」と答える人もいるでしょう。自衛隊自体が違憲であるという考えの人もいるでしょう。いずれであれ、日本自身が武力攻撃を受けていないのに戦闘行為をしてはいけない、海外で戦闘行為をしてはいけないという点では一致できるわけです。

 なるほど、9条2項だけを素直に読むと自衛隊は認められるという解釈ができるかどうか議論があるかもしれません。ただ、憲法の個々の条文は、他の条文との関係で読むことが必要になることがあります。例えば、平等を定めた14条があるにもかかわらず、「身分」としての「天皇」が存在しているのは、憲法自身が例外を認めているからです。

 そして、憲法上、国家権力には「国民の生命・財産が侵害されようとしているとき、それを防ぐ義務がある」というのは、一般論としては正しいでしょう。それを根拠づけるのは、たとえば13条でしょうか。だからこそ、大震災が起きたとき、国家には被災者を救助する義務がある。その備えをしておく必要もある。そして、「震災」と「他国からの侵略」はどう違うのか?-と問い詰められると、うんそれは一つの考え方だな…とも思えます。少なくとも、「自衛隊自体を認めるには憲法改正=国民投票が必要だ」とまでは思わないのが大勢のようです。

 9条2項に忠実に非武装中立でゆくのか、専守防衛の範囲で自衛隊を認めるのかは、解釈で一義的に導かれるものではなく、ある意味政治的な選択の問題で、戦後の日本人は後者を選択してきた訳です。それは憲法改正せずともギリギリの解釈としては成り立ちうるのでしょう。

 自衛隊に関する政府解釈は、9条2項の存在を前提としたもので、「これ以上はできない」というラインが明確にされておりそれが長期間維持されてきていました。つまり、骨抜きにされたと言われつつも、9条2項は「歯止め」として生きてきたのです。非武装中立論者の方々は不満かもしれませんが、この「専守防衛」の「自衛隊」という枠組みは、侵略戦争を防止する上では、一つの明確な基準です。他国で戦闘行為をしないで侵略することは物理的に不可能ですから。

 そして、集団的自衛権の行使についても、国連の集団安全保障活動への参加についても、日本は武力攻撃を受けていないし、海外で戦闘行為をすることになる。だから、「できない」。これが、日本政府が一貫して取ってきた態度だったのです。


○ 9条-「解釈」改憲の危機


 では、今安倍政権がしていることは何か。それは、9条2項によって課せられた「自衛隊」という枠組み=憲法的制約を、長年の政府の憲法的立場を、憲法改正手続を経ずに、自ら憲法に縛られる立場にありながら、憲法解釈の変更を閣議決定で行い制約を取り払うという暴挙をしたのです。内閣法制局の方々が何十年も頭を悩ませ政府もぎりぎりの枠として守ってきたものを自らの決定で覆すというのです。放置すると暴れるかもしれないレビアタンのような国家が自らを縛っている鎖を自分で引きちぎるようなものです。安倍政権がやっていることは、憲法の解釈ではなく「憲法の無視」「憲法改正手続の潜脱」です。最高法規である憲法を無視して勝手に変えてしまう。それは「法の支配」の観点からすると究極の「禁じ手」「反則技」です。憲法改正手続を逃れて事実上憲法を改正してしまうというクーデターに匹敵する違法な行為です。万一新しい解釈が正しい解釈であるなら、日本は、国民と世界に何十年と嘘をつき続けてきたことになってしまいます。それほど重大なことを、国民投票はおろか、最高裁判所のお墨付きもないまま、一政権が踏み出してしまう。それが、どれほど憲法を傷つけ、日本という国の信頼を失わせるか、わかっているのでしょうか。憲法が縛ろうとしていた政治権力が、自分で憲法という足かせを壊して暴れようとしているのです。子供たちに対して規範意識を重んじる教育を提唱し、強制しようとしている安倍政権には自ら規範意識がありません。

 これに対して「いやいや、国際法は守るから大丈夫」と反論される方もおられます。しかし、ここが問題なのです。その問題点が明瞭になったのはイラク戦争への対応でした。日本政府はイラク戦争開戦時、世界に先駆けてこれを支持しました。ただ、「集団的自衛権が認められないから自衛隊はイラク戦争に参加できない」と喧伝されてきました。しかし、これは大嘘です。現在の国際法(国連憲章)で「合法」とされる戦争は3つしかありません。1つは個別的自衛権の行使に当たる場合。2つめは集団的自衛権の行使に当たる場合。3つめは、国連安保理の武力行使容認決議がある場合です。そして日本は、2と3については憲法の制約で行使できないのです。

 集団的自衛権は国連憲章51条に規定されていますが、そこでは「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合」と明確に規定されています。では、イラク戦争の前に、イラクはアメリカを攻撃したでしょうか。イギリスを攻撃したでしょうか? していません。ですから、「集団的自衛権の行使」によってしても、この戦争は正当化できなかったのです。しかも、開戦に先立つ国連安保理の決議もなかった。それゆえにこそ、世界中で「イラク戦争は違法だ」という反対世論が巻き起こったのです。ところが、日本政府は、イラク戦争が国際法に違反する戦争であったかどうかについて、公式な検討すらしていないのです。

 これを曖昧にしたまま、「解釈改憲をしても国際法を守るから大丈夫」と言われても安心できません。「集団的自衛権」の行使ならぬ国際法違反の疑いのある単なる「集団的先制攻撃」「集団的侵略戦争」に加担しながらも、「国際法に違反しないと解釈しました」とごまかすでしょうから。


○ 9条と20条の危機


 安倍政権が憲法改正や解釈改憲によって、国のかたちを根本的に作りかえようとして急速に進めている動きの基にある思想は何なのでしょうか。人権を制約し、教育を統制し、情報を統制し、思想を統制し、福祉を切り詰め、戦争ができる国家に日本をつくりかえようとしています。そして、その日本は、天皇を戴いた国家でなければならないというのです。

 政治学では、国を治める最も重要な要素は、①身体を物理的に抑圧する軍事・警察力(暴力装置)と②心の内側から進んで国家に服従するようにさせるための教育との二つであるとされています。軍事力や警察力がないと国は治められませんが、それだけでは足りません。剣の上に座ることはできないという言葉はそういうことを言うのでしょう。武力で抑えるのは大変ですし、コストがかかります。武力で長期間押さえ込むのは不可能に近いことです。それよりも、みんなが自発的に従うように教育した方が、はるかに楽で有効でコストがかかりません。それも宗教的信念に支えられた従順さが望まれます。

 今、少子高齢化と経済力低下に起因し、財政・福祉・エネルギー問題など山積する問題に取り組まねばならない中で統治能力に限界を感じ、力による支配と教育による支配を飛躍的に強化することが喫緊の課題であるという強い危機感から国のかたちを変えようとしているのでしょう。しかも、支配をやりやすくするためには、単なる教育の強化だけでなく、国民が国のためなら命を捧げることを喜びとするように教育するに限ると考え、そのためには、人の生死にかかわる考え方に影響を与える宗教的な信念を国民に植え込もうと考えているのです。国家のために命を捧げることが名誉であるというヤスクニの思想を持った国民にする必要があるというわけです。政治家が困難な課題の山積する中で苦労しながら国民主権・基本的人権尊重・平和主義を維持しながら、国を治めてくのでなく、そんな面倒なものは取り払って、もっとてっとり早く統治できるようにしようという発想をとっているわけです。近代憲法の基本を守りつつ国家を運営しようとせず、これを壊して国家主義的体制をとれば、再び人間の尊厳が軽んじられ傷つけられるような社会になるのを止められなくなってしまうという歴史の教訓を軽んじることになります。

 そういう国家主義的体制に移行するという安易な解決策を求め、人権を制約し、国家的秩序や国家的利益を優先する体制をつくることに着手しています。人権に関する重要な条項である憲法12条を「国民は・・・自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」と変更し、人権を保障する規定を骨抜きにし、国民を縛る規定に変更しようとしています。「公益」や「公の秩序」を優先し、個人の尊厳の尊重を後退させ、人権保障に制約を課そうとしています。

 何よりも、信教の自由と政教分離を規定した憲法20憲法89に、「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りではない」という除外規定を追加して「社会的儀礼」とか「習俗的行為」であれば、国は宗教的活動をすることができるように変え、靖国神社公式参拝や靖国神社国営化に道を開こうとしています。政教分離が緩められ、信教の自由の保障が大きく後退することとなってしまいます。自民党の憲法改正草案の条文を具体的に見てみましょう


■ 天皇の元首化と政教分離、信教の自由 自民改憲草案の条文検討


 自民改憲草案は、前文で「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家」であるとし、その第1条で、天皇が日本国の元首であると明記することを提案しています。ポツダム宣言の受諾、天皇の「人間宣言」を経て日本国憲法が制定され、天皇主権が否定され、我が国は戦後国民主権国家・民主制国家へと大きく転換しました。このように日本国は天皇主権から国民主権に変わり国家構造が根本的に変化しました。日本国憲法が制定されたことによって憲法の性格が根底から変わり、憲法は、基本的人権の侵害が起きないようにするため国家を縛ることを目的とする国の根本法となりました。その結果、国民主権と本質的に矛盾し、差別と身分制の最も典型的な例ともいえる世襲制による天皇の地位と役割も大きく変化しました。天皇は、「象徴」としてのみ辛うじてその存在を認められ、それ以上の役割は憲法上一切排除されたのです。現行憲法自体、天皇を、立法権・行政権・司法権のすべてから遮断し、「国政に関する権能を有しない」(現憲法第4条)、「その地位は、主権の存する国民の総意に基く」(同第1条)と明記しています。

それにもかかわらず、天皇を元首としようとする自民党改憲案の企ては、天皇の権能を拡大することをめざしており、近代憲法の流れである国民主権を尊重する立場と相容れないものです。かつて広い概念であった「元首」という言葉を憲法にあえて定め、天皇を元首と呼ぶことにより、形式的・名目的な役割に厳密に限定されてきた天皇に、より大きな役割を与えやすくし、天皇の権威を高め、政治的に利用しやすくすることになります。元首と明記すると、言葉が独り歩きし、かつての広い意味・実質的意味での元首の役割を天皇に与えようと様々な慣行が積み上げられていくおそれが多分にあります。

また、自民改憲草案では、日の丸を国旗とし、天皇を尊崇する賛歌である君が代を国歌とし、皇位の継承ごとに元号を制定することを憲法に明記しようとしています。日章旗及び君が代の尊重義務を定めこれを強制しようとする自民改憲草案は、思想・良心の自由や信教の自由を侵害することになり、権力の行使に縛りをかけることを本来の目的とする立憲主義憲法になじまない、国民に義務を課す規定となってしまいます。自民改憲草案は、「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。」と定めようとしています。これは、戦後の変化を最小限に位置付け、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」としていた日本国憲法制定前・明治憲法下の日本国のみならず、さらに遡った歴史を通して、日本が天皇を戴く国家であり続けたとして、それこそが日本の歴史であると継続性維持の必要をことさらに強調しています。

しかし、天皇が存在していたといっても、日本の歴史において天皇が果たしていた役割はそれぞれの時代によって非常に異なっていたのであって、これを単純に日本が天皇を戴く国家であり続けたとするのは誤りです。そのような認識に基づいて天皇を戴く国家に戻すべきであるという主張は、ただ明治憲法時代や古代において天皇が権威をもった時代への復古的方向に日本の歴史を押し戻そうという姿勢にすぎません。日本が天皇を戴く国家であり続けたとする歴史観は、歴史的真実であるとはいえません。かりにそのような天皇観を信じる者が多数いたとしても、そのような多数者の信条、歴史観や感情を法的に正統化して他の者に押し付けようとすることは危険な考えであり、それが思想・良心の自由や信教の自由の侵害を招くことになります。

自民改憲草案203項は、政教分離原則を定め「国は特定の宗教のための宗教的活動をしてはならない」として文言は残しているものの「ただし、社会的儀礼の範囲を越えないものについては、この限りではない。」と加えています。この自民改憲草案の規定によるならば内閣総理大臣、閣僚は言うに及ばず、「日本国の元首」である天皇が旧軍あるいは国防軍(自民党改憲草案第9条の2)の戦没者を合祀する靖国神社に公式参拝し現職隊員に誇りをもたせ士気を高めようとすることさえも、元首としての社会的儀礼であって憲法に抵触しないとしてその実現も許容されることになりかねません。死の意味付けを国家が与え、兵士を戦場にかりたてる仕組みとしての靖国神社は、内閣総理大臣や閣僚、ひいては天皇の公式参拝の実現によって国家との特別に緊密な関係を持つことになり、政教分離が破壊され軍国主義的傾向が助長されていくことになります。天皇を元首にすれば、各地において少数者の人権の侵害を招来し、天皇を中心とする排外主義的な体制になりかねず、民主主義国家の地盤を揺るがすことになるでしょう。

(1) 元首

草案1は、天皇が日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であることを明記しています。

憲法学説では天皇は元首ではないとする考えが多数です。元首であることを明記することは、天皇の権能を実質化・拡大化させるおそれがあり、ひいては、元来、憲法上、世襲の天皇の地位が認められていること自体、国民主権と矛盾し、法の下の平等に対する重大な例外を放置することになっているのに、さらに天皇を元首と呼べば、国民主権を後退させるおそれがあります。天皇の地位を高め、その権威を背に政治をやりやすくしようとの動きに注意する必要があります。時代により異なるとは言え、天皇の地位が1500年以上続いているこの日本においては、天皇に対する国民の気持ちには他国にはない特別な感情があります。国民主権を維持し徹底していくには、天皇の地位はこれ以上強めるべきではありません。天皇について偶像礼拝が起きやすい風土が根強い日本においては、特に注意が必要なのです。

(2) 日の丸・君が代尊重義務

3は、1項で日章旗を国旗、君が代を国歌と明記し、2項で国民に国旗・国歌尊重義務を課す。

自民党は、その改憲草案に解説としてQ&Aを作成し、そのQ&Aでの解説によれば「国旗・国歌は一般に国家を表象的に示すいわば『シンボル』であり、また、国旗・国歌を巡って教育現場で混乱が起きていることをふまえ、3条に明文の規定を置くこととしました」としているとおり、この規定は、日の丸・君が代尊重義務を国民に課するものです。多くの国民が、日章旗が日本の国旗であり君が代が日本の国歌であると感じているとしても、それはどこまでも個々人の考え方が集積した現象にすぎません。本来、憲法に明記すべき事柄ではありません。ましてや、そう感じない者がたとえ少数派であっても存在していることをおもんぱかるべきです。教育現場での混乱は行政によってむしろあえて作りだされた混乱であり、行政の対応によって収束させるべき問題であって、憲法に国旗・国歌条項を設けることによって解決しようとするのは事柄の本質を見誤っています。

問題点の第1は、日の丸・君が代を通じて国家に対する尊重と忠誠を求める動きにつながるおそれがあることです。個人と国家の2つの価値が衝突したときに国家が尊重されそれが国防義務や徴兵制の法制化に根拠を与え、国家の元首としての天皇について、天皇を尊重し擁護する義務すら強調されかねません。政治が正しく行われれば、おのずと国家に対する尊重と忠誠は芽生えてくるものでしょう。尊重と忠誠を強制する政治には警戒が必要です。日の丸・君が代の力を借りるのでなく政治を委ねられた者が襟を正し国民の尊敬に値する国家運営をすることこそが重要です。  

2の問題は、立憲主義の趣旨からは国民の義務を憲法に規定することには抑制的でなければなりません。

3は、この義務が、信教の自由、思想・良心の自由を侵害することです。人権を保障する真の意義は、少数者の自由・人権を守ることにあります。日の丸が天皇のために戦う旗印であるから抵抗感を感じたり、君が代は天皇の世が永く続くように願う歌、天皇を神のように崇める歌として、戦前の軍国主義と結びついていてその復活を促すと感じる人もいます。またクリスチャンの中には、このような歌を歌うことは宗教的良心に反すると考えている人もいます。そのような歴史観や信条をもつ人がたとえ少数者であっても、その人たちの人格的アイデンティティを尊重し、そこに干渉しない国家を樹立することこそ、憲法が思想・良心の自由を保障した真の意義があり、そのような国家こそ多様性を受け容れる成熟した国家といえるのです。

4は、「日章旗」を国旗とし、天皇を尊崇する讃歌である「君が代」をわざわざ国歌と憲法で明記し不変のものとして固定化することは、多くの弊害をもたらします。

(3) 元号

草案4 元号は、法律の定めるところにより、皇位の継承があったときに制定する。

内容としては元号法(昭和54年法律43号)と同内容です。

憲法条項に明記がなくとも元号の運用に支障はなかったにもかかわらず、あえて憲法条項に格上げしようとする趣旨は、元号を憲法上の制度とし、元号と密接に関連する天皇の制度を強化し、国民主権を後退させようとするものです。そもそも、天皇を特別に尊重したり、元号を用いて天皇を基準に時間を区切ることは、憲法や法律で強制すべき問題ではないのです。

(4) 天皇の権能

草案5 天皇は、この憲法に定める国事に関する行為を行い、国政に関する権能を有しない。

現憲法4条では、「国事に関する行為のみを行ひ」とありますが、改正案では「のみ」という限定が外され、天皇の権能を限定する現憲法の規定を変更し、天皇の権能強化、国民主権の後退を招くおそれがあります。

(5) 進言

草案64は、天皇の国事行為に内閣の進言を必要とすることを定める。

現憲法は、天皇の国事行為に内閣の「助言と承認」を求めています(7条柱書き)。これに対して草案は、内閣の助言と承認に代え、内閣の「進言」のもとに国事行為が行われることとしています(62項柱書き、同4項)。「進言」とは本来、決定権がある目上の者に対して意見を述べることをいいます。この上下関係を組み込み、決定権が天皇にあるとすることは天皇の権能を強化し、国民主権を後退させることにつながります。一般に、天皇の権能を強化することが問題なのは、かつての軍部がそうであったように、そうした天皇を隠れ蓑にして、天皇が政治的に悪用され、国家権力の枢要部分の責任の所在が不明確になり国家が恣意的に運営されるおそれが多分にあるからです。

(6) 公的行為

65は、天皇は、国事行為以外に、公的行為を行うことが明記された。

現憲法に定める天皇の「国事行為」以外に、天皇の「公的行為」というものは、現憲法には規定されていませんが、従来から解釈として認めるのが多数説です。改正草案に関する自民党のQ&Aによれば、現行憲法上何ら位置づけがなされていない公的行為について、憲法上明確な規定を設けるべきだとしています。

しかし、公的行為を解釈上認める多数説は、「公的行為」の名の下に天皇の権能を拡大しないように国事行為に準じて内閣のコントロールを求めてきました。しかし、草案は、公的行為を明文化しながら、4項とは異なり公的行為については内閣の助言と承認はおろか内閣の「進言」さえをも必要としていなません。つまり、公的行為に内閣による手続的関与を明記していないため、天皇の権能を明文で確認しただけに終わっています。草案は全体を通じて天皇の地位を強めるトーンで一貫しており、これは意図的なものです。これでは公的行為が無限定に拡がるおそれがあり、運用次第で天皇の政治利用につながる危険が大きいといえます。

(7) 政教分離原則の緩和

現憲法201項後段は、宗教団体が政治上の権力を行使してはならないことを明示するが、草案20条後段ではそれを除外した。

また現憲法203項は、国の宗教活動の禁止を定めるが、草案203は、それに但書きを補足し、「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない」とする。

草案201項後段は、国が宗教団体に特権を与えてはならないとするにとどまり、宗教団体による政治上の権力行使の禁止規定(現憲法201項後段)を除外しています。宗教団体が選挙を通じて政権与党を構成し、これにより政治権力を行使しても政教分離原則の問題は生じないことになってしまいます。

草案203項は、政教分離原則の解釈である目的・効果基準を明文化するものですが、この基準は、本来は国家と宗教との分離を厳格にする基準であるのに、わが国ではむしろゆるめる基準であるかのように解釈されているので注意が必要です。津地鎮祭最高裁判決のように、行為者の宗教的意識まで考慮すべき要素と見るならば、基準が抑制的に機能しない。社会的儀礼、習俗的行為の名の下に、公人が様々な宗教行事に参加することが可能となってしまいます。ゆるやかな分離は宗教的少数派への弾圧につながり、少数派の人権保障という立憲主義の価値を骨抜きにしてしまいます。

また、財政面での政教分離原則に関し、公金その他の公の財産を宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため・・・・これを支出し、又は供してはならないとしている現憲法を改め、草案第7章の第89条では、草案203項の但書に規定する場合を除くと定め「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないもの」は政教分離から除外しようとしています。公式参拝の合法化や靖国神社国営化を視野に入れています。

 

■ グローバリゼーションと憲法


○グローバリゼーションとは何か


 憲法改正が問題になってきた時期は、米ソ冷戦が終結し、「グローバリゼーション」の時代が到来したと言われる時代と重なります。そしてまた、「構造改革」「規制緩和」「新自由主義」という言葉が登場する時期とも重なります。グローバリゼーションとは世界のルールを強国のルールに統一し「多国籍企業などによる活発な経済活動(カネ、モノ、ヒト、情報の動き)が地球規模で展開され、『一体化した世界』が形成されている状況」のことです。ソ連崩壊後、この一体化した世界の中心にいたのは、アメリカでした。アメリカを中心とした地球規模の空間を、多国籍企業やマネーが自由にゆきかう-そういう時代が訪れたのです。

 これは、近代国家のあり方を根底から揺さぶるものです。なぜなら、近代国家とは、国家権力が統治する「閉じた空間」だったからです。「国境線」というものが厳密に問題とされるようになったのも、近代国家が閉じた空間だったからこそです。中世の日本の海賊=倭寇の人たちに「国境」などという概念はなかったでしょうね。

 ところが、グローバリゼーションの時代にあっては、多国籍企業やマネー、そしてヒトも自由に国境を越えてゆく。それを国家権力が止めることができない。いわば、「国家権力の相対化」ともいうべき現象が世界的に起きているのです。当然、これは憲法に、いい意味でも悪い意味でも大きな影響を与えます。


○ 戦争が「しにくい」時代へ


 まず、いい意味で考えると、国家権力が相対化することによって「戦争」はしにくくなります。例えば、今、アメリカと中国が戦争できますか?-という問題です。かつてのソ連とアメリカの関係と違い、中国とアメリカは経済的に相互依存の状況にあります。その象徴が、スマホの「iPhone」ですね。アップル社はアメリカを象徴する企業ですが、この会社がどこで「iPhone」造っているかというと中国です。それなのに米中が戦争できるでしょうか? 

 先ほど、グローバリゼーション時代の始まりにあっては、アメリカこそが中心であったと言いました。それを象徴するのが、1991年の「湾岸戦争」でした。イラクがクウェートを侵略したのに対して、世界中の支持を受けながら、圧倒的武力でこれを打ち負かしたのです。今から考えると、これは「成功は失敗のもと」の典型です。アメリカは、その強大な軍事力を背景に、世界を意のままにできると勘違いしてしまった。それが思い切り裏目に出たのが、ブッシュ大統領が始めた「イラク戦争」でした。アメリカは、世界の反対を押し切ってこの戦争を始めました。しかし、大義名分だった大量破壊兵器も出てこない。かくしてアメリカの信用は地に墜ちました。それだけでなく、泥沼化したイラクとアフガニスタンの戦費は莫大で、アメリカの国家財政を揺るがすようになりました。それに追い打ちをかけたのが2008年の「リーマン・ショック」です。世界のカネが集まるアメリカで起きていたのは、「大バブル」だった。これがはじけて、世界中に大打撃を与えてしまった。こういう経緯の中で、グローバリゼーションによって誕生した「地球規模の空間」でのアメリカの地位は相対的に低下していきます。かわって中国をはじめとする新興国などが台頭して、多極化の時代を迎えつつある。

 アメリカが、内戦が続くシリアへの軍事行動を断念せざるをえなかったことは、イラク戦争当時のことを考えれば隔世の感があります。アメリカは、今後10年たらずの間に約何千億ドル(約何十兆円)もの軍事費削減を迫られているといいます。もはや、戦争などしている余裕はないはずです。オバマ大統領が、一般教書演説で「真に必要な場合でなければ部隊を危険な地域に送り出すこともないし、息子や親や娘を終わりなき泥沼の戦争に送り出すことも許さない」「米国は半永久的に続く紛争から抜け出さなければならない」と述べていますが、これはホンネでしょう。イスラム国の問題で修正を迫られていますが。

 ですから、尖閣諸島などという「無人島」のために日中が武力衝突を起こして、それにアメリカが巻き込まれることを今、アメリカが本気で懸念しているのです。なるほど、アメリカにとって、軍事費削減分の穴埋めを日本がしてくれ、アメリカのために有益な基地を提供し続けてくれるなら、嬉しい話です。辺野古の基地など実現すれば、アジアで最大級の超近代的な基地が手に入ります。しかし、現在の、靖国電撃参拝などする安倍政権からの申し出は、アメリカからすると、「毒まんじゅう」の様にも見えるのではないでしょうか?

 また、この経緯を踏まえると、日本の財界の動きも理解できますイラク戦争当時、9条の改正に一番熱心だったのは、財界、特に経団連でした。経団連を含め、経済3団体がそろって意見書を公表して憲法改正を迫るという意気込みだったのです。それに比べると、今回は財界の動きが鈍い。なるほど経済同友会は意見書を出していますが、経団連については、むしろ、安倍政権との不仲が報道されるほどです。

 この違いは、アメリカの変化に対応したものだと思います。歴史を振り返りますと、日本の主要な企業は、1985年の「プラザ合意」による急激な円高を受けて、生産拠点をいっせいに海外-特にアジア新興国に移しました。「産業空洞化」と言う言葉が生まれたのもこのころです。いわば、半ば無理矢理、多国籍企業に変身させられたわけです。そして、日系企業にとって、伝統的に、アメリカ市場は決定的に重要です。自動車も、日本よりアメリカでたくさん売れる。それまでは日本で造ってアメリカで売るというスタイルだったのが、アジアで造ってアメリカで売るというスタイルに変わった。そして、そのアメリカが世界の警察官として振る舞おうとしている。イギリスなどは、それに全面的に協力している。それなのに、日本は何だ? ちゃんと協力しなければ、日系企業はアメリカの市場から閉め出されてしまう。しかも、政情不安なアジアの生産拠点が脅かされたとき、アメリカ軍は出動してくれないぞ。いつまでも9条などという寝ぼけたことを言っていてはいけない。これが、当時の財界が自民党に「檄」を飛ばした理由だったと思います。

 しかし、今やアメリカ自身、世界の警察官などという幻想は持てない状況になっています。また、中国をはじめとするアジア諸国は、日系企業にとって、単なる製造拠点ではなくて、重要な市場となりつつあります。アジアの富裕層にいかに物を買ってもらうかが企業の将来を左右する。こういう状況で、中国や韓国と首脳会談もできない状態が続くのはまずい。そう考える企業が増えてもおかしくないと思います。

 ちなみに、安倍総理、原発の問題では小泉元総理に痛い目にあっていますが、集団的自衛権の問題では、なんと、あの中曽根元総理からクレームをつけられています。昨年1月4日の民放テレビ番組で、中曽根さんは、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認について、「今の情勢では必要が出てくるとは思わない」「必要がなければ簡単に手をかける問題ではなく、今の情勢では必要が出てくるとは思わない。注意深くやらないといけない」と言いました。中曽根さんと言えば、第一次安倍内閣のとき、安倍さんの後ろ盾となった方です。その方が苦言を呈している。「世界の空気を読め」という忠告なのでしょうね。

 さらに、柳澤協二さんという防衛庁OBで内閣官房副長官補まで上り詰めた方-いわば自衛隊の頭脳だった方も、安倍政権の集団的自衛権論を酷評しています。この方は、イラクに自衛隊を派遣した責任者の一人なのですが、その方の目から見ても、今の安倍さんの動きはおかしい。とある新聞で、今の安倍政権の集団的自衛権実現に向けての動きは、アメリカにしてみれば「抱きつき心中」のようなもので、ありがた迷惑だろう-とコメントされているのには、思わず笑ってしまいました。

 それを裏付けるように、昨年の1月29日には、佐々江中米大使が、4月のオバマ大統領のアジア歴訪に向けて、「多くの国や地域は、誰が友人で同盟国なのか、誰がトラブルメーカーなのかをはっきりさせることを望んでいる」と述べたといいます。何と、日本が逆にアメリカに「ショウ・ザ・フラッグ」、日本と中国のどちらを選ぶのか、旗幟鮮明にせよ-と迫っているのです。時代は変わったものですね。

 今の安倍政権の動きは、然るべき人からみたとき、「なぜそうしたいのか」が見えない。例えば、キーワードの「積極的平和主義」というものを提唱しているのだけれど、その定義がなされていない。尖閣問題と集団的自衛権の問題が論理的なつながりをもって説明されていない。もっといえば、グローバルな時代を踏まえた長期的な「外交」戦略が見えないまま、ただ「軍事一辺倒」の時代錯誤的なものだということです。上記の柳澤氏は、安倍総理のことを「夢見るリアリスト」(軍事力信仰者)と論評し、同種のお方として、イラク戦争を引き起こしたブッシュ大統領をあげておられました。言い換えれば、安倍政権にあっては、「海外で戦争ができる軍隊を持つこと」それ自体が自己目的化しているのです。

 また、例えば「北朝鮮がアメリカにテポドンを発射したとき」を想定すれば集団的自衛権行使が必要だ-といった議論は、軍事の実情を知る人からは非常に評判が悪い。地球儀を見ればわかるように、アメリカに向かうテポドンは、日本上空ではなく北極の上を飛ぶからです。しかも、大陸間弾道軌道まで到達する迎撃ミサイルを日本はまだ持っていない。そんな机上の空論で、憲法改正の手続をとらないまま、「海外で生命を賭けてこい」と言われる自衛隊の方々が、内心、安倍政権の動向を一番苦々しく思っているのかもしれません。


○ 金持ちから税金が取れない時代へ


 他方、国家権力が相対化すること、グローバル化することのマイナスも当然あります。その最たるものが、「税金と賃金のダンピング競走」です。かつて先進国と呼ばれた国の多くが、多国籍企業や高額所得者への課税率をどんどん下げている。労働の規制緩和と称して賃金を抑制している。日本も同じです。貧乏人が払う消費税は引き上げて、大企業が払う法人税は実質引き下げる。かつて禁止されていた派遣労働を、どんどん野放しにしてゆく。何でこんな事が起きるのでしょうか。

 課税権というのは、国家権力の核の一つです。国家が「閉じた空間」だった時代には、企業とて、よほど理不尽な物で無い限り、これに逆らうことなどできませんでした。そして、乱暴な言い方をすれば、社会保障とは、金持ちから税金を取り立てて、貧乏人に回すというシステムです。資本主義のシステムでは、放っておくと金持ちはもっと金持ちになり、貧乏人はどんどん貧乏になってゆく。だから、強制的に富を上から下へ再循環させて弱者を護る必要があるのです。

 ただ、それは、長い目で見れば、税金を取られる企業にとってもプラスでした。なぜなら、商売は「売れてナンボ」だからです。世の中が貧乏人ばかりになってしまうと物が売れない。また、人を雇わなければ事業はできない。きちんと働く労働者を確保するためには、それを育てる社会的コストを払わなければなりません。

 これは賃金も一緒です。労働者の賃金は、短期的にはコストですが、社会全体としてみれば、有効な投資です。皆が同じ水準の賃金を払わなければならないという「規制」が平等に働くのであれば、それは立派な投資になるわけです。

 ところが、グローバリゼーションの時代にあって、多国籍企業や高額所得者は、国境を越えて活動します。ですから税金や賃金は「投資」ではなく、「コスト」でしかなくなってしまう。だから払わない

 さきほどアップル社を例に挙げさせていただきましたが、アップル社はアメリカに税金をほとんど納めていない。また、それと同じくらい有名なのが、アメリカのスターバックス社の「節税」です。母国ではなく、一番税金が安い国を選び、そこで納税しているのです。「タックス・ヘイブン」という言葉も有名になりました。今やG20でも、多国籍企業による「課税逃れ」対策が「かつてないほどの優先課題」と位置づけられています。

 このような状態で、国が多国籍企業から税金を取り立てたり、賃金を払わせることは難しい。「あ、それならこの国から出て行きます」と言われてしまうからです。そうすると「産業空洞化」がどんどん進む。投機マネーも逃げ出してゆく。そこに、一国の支配者も、かつての「絶対王」の面影はありません。「アベノミクス」と胸を張る安倍総理大臣とて、財界に、賃上げを「お願い」しかできないのはその象徴です。そのかわり、庶民から搾り取った消費税を元手に法人税を引き下げる。さらなる労働規制緩和を進め企業がやりやすくする。

 このようにして、社会保障は解体され、賃金は引き下げられ、労働者は使い捨てられてゆきます。19世紀的格差と貧困が再び社会を覆い始めているのです。


■ 終わりに


 さて、そろそろ話の締めに入らなければなりません。今までお話させていただいた内容を踏まえるならば、まず、安倍総理の反憲法的なやり方に対して、厳しい批判の声を上げていかなければなりません。なるほど、残念ながら、現在の中国も決して「お行儀」がいい国とは言えません。しかし、むしろそれを挑発して権力強化に利用しようとする日本政府の姿勢が大いに問題です。今や、アメリカが心配しなければならないほど、日中の軍事的緊張は高まっています。

 こんなとき、ちゃんとした手続も踏まないで「これからは、海外でも戦闘行為をすることにしました」と宣言することが、どれだけ大きなマイナスのインパクトを与えるか。不信を植え付け、双方のナショナリズムを無用にあおり立て、制御不能にしてしまうのではないか。少なくとも、緊張をさらに深めることは明らかです。粘り強い外交努力や相互理解のための熱心な努力よりも、すぐに力による対決を前面に出すやり方は、政治力の欠如と言わざるをえません。このような政治家をリーダーに持った国民は本当に不幸なことです。

 焦点の尖閣諸島は無人島、ただの岩です。人が住む石垣島や宮古島ではないのです。「地下資源」とて「石油と天然ガス資源が豊富に埋蔵されている」との国連の調査結果は、40年以上も前のもので、これを疑問視する意見はとても多いのです。また、仮にそれがあったとしても、所詮はCO2を排出する化石燃料です。掘り出せるのは何十年か先でしょうから、そのときにはもう使えない可能性だってある。もっと言えば、海底資源の開発にはべらぼうなオカネが要ります。

 しかも、軍事に明るい人に聞いても「中国の潜水艦が通り抜けるルートは他にもある。軍事的に大した意味はない島」だと聞きます。何で、そんな島のために戦争しなければいけないのか。憲法を変えなければいけないのか。もし、万一武力衝突が生じたら、極めて不幸なことと言わねばなりません。領土問題は、必ず双方に言い分があるものです。それを踏まえて外交努力をすることが優先なのです。

 しかも、今やろうとしていることは「憲法の無視」「憲法改正手続の無視」という究極の「禁じ手」「反則技」です。この手法に対しては、たとえ改憲派の人でも反対すべきです。そうしなければ、将来改正された憲法すら、きちんと守られなくなってしまうのですから。規範意識を重んじるような教育をすべきだと主張している安倍政権自体が規範意識をきちんと持つべきなのです。

 このやり方は実に狡猾です。何に反対すればよいのかボンヤリとしか見えない。せめて「国家安全保障基本法」くらい制定すると言ってくれればいいのですが、既にある自衛隊法や周辺事態法の部分修正という形でちょこちょこやられると、なかなかその姿が見えにくい。何も変わっていませんよと言いつつ変えていく。選挙では、本当の狙いは公約には入れても意図的に争点にしないようにして他の論点に目をそらさせ、選挙が終わったら憲法改正や集団的自衛権の行使の問題などをグイグイと推進しようとする。これは、「9条の会」の反対で痛い目にあった第一次安倍政権時代の反省を踏まえた作戦でしょう。特定秘密保護法も、かつて秘密保全法を断念した経緯を踏まえて、法案提出の直前まで極く限られた警察官僚、防衛官僚、外務官僚とわずかな政治家たちで内密に法案を作り、反対運動が広がらないようごく短期間の間に国会を通過させる手法をとりました。時間は限られています。準備段階では国民には見えないようにして事を進め、公表したら議論する時間を余り与えず一気に実現させるという手法に味をしめたようです。皆さん、アンテナの感度を2段、3段と引き上げて、多くの方々と手を組んで、何が起きているかを察知し、これらの大きな動きを止めるようにがんばっていきましょう。

 では、このような政府の動きに対抗するためにはどうしたらよいのか。こちらの問題は結構根が深くて、そう簡単ではありません。しかし、放っておくことも許されない課題です。今の流れに対抗するために必要なのは「事実」をしっかりとらえることと「現場」と「人とのつながり」です。思い起こせば、第一次安倍政権を揺さぶったのは「格差と貧困」の問題でした。それに火をつけたのが、「ネットカフェ難民」という「身近なホームレス」の存在でした。彼ら彼女らと、それを支援するNPOとのつながりがあり、そのNPOと民放プロデューサーとのつながりがあった。「最近山手線でやたら見かける大きな荷物を持った若者は、海外旅行から帰ってきたんじゃない。あの人たちは、実はホームレスなんだよ。」という衝撃的な「事実」が「現場」を知るNPOと民放を通じて全国に広まった。深夜番組なのに大反響を呼び、それで世の中は変わったのです。

 今日お越しの皆さんは、それぞれ皆さんしか接することのできない「事実」と「現場」があるはずです。あなたにしか見えない、弱い人たちがいるはずです。その事実を、強く訴えてください。それが皆さんの「なすべきこと」のはずです。今日、共に学んだことを、そのことをできるだけ多くのこれらのことを知らない人と共有する努力をしましょう。

 そして、教会とキリスト者としては、政教分離、信教の自由条項の改正をはじめとする憲法の改正の動きに対してどう対応していくべきでしょうか。

Ⅰ.キリスト者として改憲の動きにどう向き合うか

1.  事実をきちんと知るようにしよう。何が起きても神様のみ手を信じて前進しよう。

――見張りの役目を果たす。見張りはよく周りを見る。

2.見た事実を多くの人に伝えるようにしよう。事実を知らずに判断をゆがめられる人が減るように。

  見張りは、見たことをよく整理・分析し、その結果を予想しみんなに知らせる役目を負う。憲法改正案が国会によって発議されても、国民投票でNoと言える人を増やすための地道な努力をする。 事実を知らないでYesと答えるような人が多いのでそのような人を減らす。

3.国民として意見を表明しよう。誤った方向に事態が進まないように。人を崇め、差別を強め、戦争ができる制度とならないようみ言葉に照らして意見をまとめる。意見表明は市民としての務め、み言葉の教えるところに照らして伝えるのは預言者としての働き。

4.国民として行動しよう。現憲法で与えられた権利・義務を最大限に行使しよう。今は、制度上、国民にも王としての権力の一部を行使する権利が分け与えられている。主権者として、王の役割を果たす。

5.為政者、政治家、国のため、同朋のために祈ろう。 祭司の働き-とりなしの祈り

Ⅱ.教会としてどう対応するか

  1.     憲法の基本的性質である立憲主義を突き崩し、国家のタガを外そうとしている。政教分離原則を侵害し、信教の自由を奪い、神の教会に挑戦しようとする権力の絶対化に抵抗し、神がよしとされないことは許さないという観点から抗議し、立憲主義の堅持を叫ぶべき。

  2.     平和主義国家から戦争のできる国家へ変えようとしている。聖書の教えに基づき、好戦的な国家体制への転換に反対する。

  3.     天皇を元首化し国民主権を後退させようとしている。わが国の風土において天皇を元首化することは偶像礼拝につながる。天皇は神道における祭司。偶像化と政教分離違反にキリスト者として反対する。国家の全体主義化に対し、Noというべき。

  4.     権利を縮小し、義務を拡大しようとする動きに反対する。従来は、人権相互の調整原理として公共の福祉という概念で人権に最小限の制約を認めていた。しかし、自民党改憲草案は、人権制約原理として「公益及び公の秩序」を守るためという人権を超えた制約原理を導入し、人権を大きく後退させようとしている。特に、信教の自由、思想・良心の自由、集会・結社の自由など教会の活動に直接影響を与えかねないので、これに対しNoというとともに、Noという声が拡がるように努めるべき。聖霊の宮としての個人を尊重する制度を後退させないように努める。

 教会としては、聖書に照らしてどちらとも結論が出にくい問題(たとえば戦力の問題)については、教会としての結論を出すのは避けるのが適切であるが、重要な問題については、立場は異なっても教会内で相互に話し合って論点を深め、異なる立場の者が意見の違いとその理由を確認し相互に相手の立場を尊重しあえるような場となる成熟した教会を形成していくべきである。  

以 上


年 表

憲法、宗教、軍事・防衛政策、教育 関連

■ 憲法をめぐる状況

○自衛隊海外派遣の既成事実

  1991         湾岸戦争90億ドル支出も全く評価されず

         同 年   湾岸戦争後の掃海艇派遣海外の公海上への初めての派遣

  1992         PKO協力法 同年 カンボジアPKFへの陸上自衛隊派遣海外領土への初めての派遣

  2001       海上自衛隊を戦時下のインド洋に派兵―戦時下の海外公海上への派遣

  2003       3 イラク戦争開始  同7月 イラク特別措置法成立

  2004       1月 陸上自衛隊がイラク到着―戦時下の海外領土への初めての派遣

○明文改憲への動き

イラク改憲(2003-)策動

20051028日 「新憲法草案」

安倍晋三氏の歩み

憲法改正、靖国神社での国家儀礼の確立、道徳・宗教教育の推進、東京裁判と侵略戦争の否定、A級戦犯の擁護、皇室と日本の文化伝統の尊重などを提唱する神道政治連盟の国会議員懇談会(衆:212名 参:78名-2015.1現在-昭和45511日結成)の会長が安倍晋三氏

第一次安倍内閣 2006.9.262007.8.21

 

教育基本法改正

   2006.12.21

安倍首相の伊勢神宮参拝

   2007.1.4

自民党日本国憲法改正草案

   2012.4.27

 

第二次安倍内閣 2012.12.262014.9.3

安倍内閣の19閣僚中16人が神社本庁を母体とする政治団体「神道政治連盟国会議員懇談会」のメンバー

 安倍首相伊勢神宮参拝

  2013.1.4

内閣法制局長官更迭

  2013.8

NHK経営委員交替

  2013.11.8

国家安全保障会議設置 大本営

  2013.12.4

特定秘密保護法

  2013.12.6成立 2014.12.10施行

安倍首相の靖国神社参拝

  2013.12.26

安倍首相伊勢神宮参拝

  2014.1.6

集団的自衛権行使容認の閣議決定

  2014.7.1

第三次安倍内閣 2014.12.24

 

 


  安倍首相の伊勢神宮参拝

  2015.1.5

安全保障法制の抜本一括改正

 (2015.春~ )

憲法改正国民投票の発議

2016年発議を目標)

 

 

 

 

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